TALog

雑記日記。アジア金星堂ばっかり行く人。 (旧名「TALog with 禁煙blog」)

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「死者はいない。」 

死者は今はもういない。死者はいない。ここにいないだけで、どこかにいるというのではない。死者はどこにもいないのである。だから当然にも、生者が代弁できるような死者の声も、生者が代行できるような死者の思いもない。死者には、無念という思いも、残念という思いもない。死者はいないからだ。生者は死者の代理たりえないからには、死者に成り代わって何かを語り何かを為すということを、生者は徹底して断念しなければならない。そして、死者の名の下に語られる「思想」は、「ほとんど虚偽」であると断じなければならない。
ところが人々は死者をめぐってお喋りを続けている。あたかも死者のためになるかのように、喋り続けている。悲惨な事件について論争を繰り広げることが、あたかも死者を弔う唯一のやり方であるかのように信じている。人々はそんな愚劣な宗教を信仰しているのだ。   ――小泉 義之 (デカルト 哲学のすすめ 13頁)



まったくその通りだと、僕は思います。



kasa's legitimate squareの「最近のコトバ」より抜粋。
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